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「触る」美術品とカオスモスマシンについて  

宮田徹也/日本近代美術思想史

 

         
 

 私達が美術館で鑑賞する美術品と、カオスモスマシンとは、「触る」という点で異なります。「触る」美術品というと、どの様なものを思い起こすことができるでしょうか。野外彫刻。眼の見えない方を対象にした美術品。現代美術の領域における所謂インタラクティヴ・アート。これらの美術品は、特別な場所/美術館にしか、その所蔵はありません。一般的な美術館で見ることのできる美術品は、触ることができないのです。これは何を表わしているのでしょうか。日本で美術品を「鑑賞する」という意識が芽生えてきたのは、明治時代の始めです。それまで鑑賞どころか、「美術」という定義もありませんでした。本格的な美術館、東京国立博物館が開館したのは、1872年(明治5)です。それ以前は「博覧会」という形で、美術品を展示していました。1867年(慶応3)のパリ万博が、日本人の手による日本の作品の初めての展示でした。第1回内国勧業博覧会は、1877年(明治10)です。海外における展示の方が、その歴史は古いのです。日本の美術品はこの海外の博覧会による規定にどの様に合わせて制作するべきなのか、ということが主眼になりました。と、いうのも、1900年(明治33)のパリ万博の際に、日本の工芸は「美術品」ではないと判断され、展示を拒否されてしまうのです。この時期に、複雑で多彩な議論が数多く行なわれました。このような経緯を経て、日本における「美術品」は、触ることをしない、実用するのではない、視覚優先のものとなりました。この名残は今でも続いています。「美術」という定義が入ってくるまでは、今で言う日本の「美術品」は触ることができました。「絵画」は軸/屏風/襖の形をしています。昔の人々は軸を好みの場所に掛けたり、屏風を必要に応じた角度で広げたり、襖を開け閉めしてここに描かれている美を「味わって」いました。その様な効果を出す為に、軸は座って見る角度になるように、屏風は折り曲げるところが山と谷になるように、襖は開け閉めしても「絵」になるように制作していました。「彫刻」は、仏像です。巣鴨に行きますと、棘抜き地蔵があって、撫でることによって御利益があります。ご利益のために触っていい仏像は、石像以外にも多くあったと考えられます。「工芸」である蒔絵などが施された重箱は、実際に野外でお弁当箱として用いられていました。このように、「美術」という定義が日本に入ってきたため、日本の美術品はその本質と異なる展示方法を取り、同時に、その機能を果すためではなく、「視覚優先」の美術品が多く造られるようになってしまったのです。
 このような状態の中で、カオスモスマシンに、どのように接してゆけばいいのでしょう。その鍵として、岡倉覚三『茶の本』、第五章にある一節をみてみます。岡倉はここで、「琴馴らし」という道教の物語を引いています。

「太古の時代、龍門(りゅうもん)の峡谷に、真の王者ともいうべき一本の桐(きり)の樹が立っていた。(略)ところが、或る偉い仙人がやって来て、この樹から不思議な琴を作った。だがその琴の頑固(がんこ)な霊を手なずけるにはもっとも偉大な楽人をまつよりほかなかった。(略)最後に、琴弾きの第一人者、伯牙(はくが)があらわれた。彼は悍馬(かんば)をなだめるように、やさしく琴を愛撫(あいぶ)してから、そっと絃に触れた。」

すると琴は伯牙の歌う「四季の自然」「恋」「戦い」に反応して、鳴り出したのです。

「恍惚(こうこつ)となった帝王は、伯牙に成功の秘訣がどこにあるのかとたずねた。「陛下」と伯牙は答えた。「他の人たちが失敗したのは、自分自身のことばかり歌ったからです。私は琴にみずからの主題をえらばせました。そして琴が伯牙だったのか、伯牙が琴であるか、ほんとうはわかりませんでした。」(桶谷秀昭訳/講談社学術文庫/66-8頁)

 「琴」を作品に、「桐(きり)の樹」を素材に、「仙人」を作者に、「伯牙」を「名人」ではなく「鑑賞者」に置き換えて、今日の美術品に当てはめてみましょう。ここで重要な事項とは、素材でも作者でもなくて、鑑賞者になります。これはカオスモスマシンが持つ、人が触って現象を生み出す特性と、非常に類似します。作者が冨岡氏であること、現象が科学的な側面を持つことに捉われず、カオスモスマシンという琴に触れて、そこに現れる現象と一体化する。すると、「鑑賞者」という定義も消尽するでしょう。これが「美術」以前の、東洋=日本の美の形の一つかも知れません。そんなことを頭に浮かべながら、どうぞ設置してあるカオスモスマシンに触れてみてください。良い現象が出てくるといいですね。

 
     
     
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